『源氏物語』の紫式部に、『枕草子』の清少納言。二人とも一条天皇の時代の後宮で女房として働いた才女ですが、そのキャラはかなり違います。
現代女性でたとえれば、清少納言が「#春#あけぼの#朝焼けが好き#空が好きな人と繋がりたい#貴族垢フォロバします#後宮大好き」というタグともに空の写真をSNSにアップする陽キャのインフルエンサーだとすれば、紫式部はX(旧Twitter)に職場の愚痴を延々と書き続け、二言目には「出家したい」とつぶやくミドサーの陰キャOLといったところ。
紫式部が女房として働いていたころにまとめた『紫式部日記』には、そんな彼女の「生きるの向いてない」つらみがこれでもかとぶちまけられています。
※令和言葉訳は『紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む「紫式部日記」』(堀越英美著)をもとに作成しています
「実家の細いシンママ」だった紫式部の生きづらさ
もともと紫式部は人付き合いが大の苦手で、「仕事なんて無理!」というタイプでした。
恋愛にも奥手で、20代後半で親子ほども年の離れた変わり者の親戚に求婚されて結婚。数年で夫と死に別れたあと、手慰みに書き始めた『源氏物語』でブレイクし、娘の彰子の後宮をテコ入れしたい藤原道長に女房としてスカウトされたのです。
実家の細いシンママとして娘を養わなくちゃいけない紫式部に、断る選択肢はありませんでした。しぶしぶ後宮に出仕してみれば、いきなり女房たちに無視されてしまい、5か月も出仕拒否することに。
どうやら『源氏物語』が有名すぎたため、出仕前から敵視されていたようです。以下は、意地悪な女房から言われた言葉です。
▼『紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む「紫式部日記」』より抜粋▼
すごく気取っててご立派で、とっつきにくいトゲトゲした人なのかなって思ってた。物語好きで、教養をひけらかして、すきあらば和歌を詠む、みたいな。それで人を人とも思わない、憎たらしく人を見下す人に違いないって。みんなそう言って嫌ってたんだけど
女房の世界こわい……。アホのふりをしていれば女房たちが油断してあたりが柔らかくなる…と気づいてからは、どうにか出仕できるようになった紫式部。しかし生きづらさは終わりません。
陰湿な同僚につけられたあだ名は「日本書記おばさん」
牛車に乗り合わせて「悪ろき人と乗りたり(げ、苦手な人と乗っちゃった)」と思っているのを大げさにアピールしてくる先輩女房もいれば、バリキャリ女房に「日本紀の御局(日本書紀おばさん)」という変なあだ名をつけられることも。
彼女は一条天皇が『源氏物語』の作者は日本書紀の講義ができるくらい学識があるとほめたことが気に食わず、「漢学の知識をひけらかしてるんですってよ」と殿上人たちに言いふらしていたようです。それを聞いた紫式部は、「いとをかしくぞはべる(マジうける)」と書きます。
女が物知りだと嫌がられるから、漢字の「一」も書けないふりをしているのに、それでも嫌われる紫式部。実家の侍女たちにも、陰で「あのお方はこんな本ばかり読んでいらっしゃるから幸せが逃げていくのよ。なんで女が漢文なんか読むの?」と言われていたのでした。
会ったこともない清少納言もディスる理不尽

宮中もアウェイなら実家もアウェイ。世界が紫式部に向いていないのです。仕事面でも、官僚たちに「(清少納言がいた定子の後宮に比べて)彰子の後宮は面白くない」と評価されてしまいます。
男性たちは女房に事務的なやりとりだけではなく、色っぽい会話を期待しているのです。
弟に斎院付きの女房からの手紙を見せてもらった紫式部は、そこでも自分たちがバカにされていることを知ります。もっとも、紫式部にも言い分はあります。
▼『紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む「紫式部日記」』より抜粋▼
私みたいに、埋もれ木を折ってさらに地中深く埋めたような引っ込み思案な性格でも、斎院様にお仕えしてたら、初対面の男性と和歌を詠み交わすことだってできると思うんだよね。あそこなら、軽薄な女だと評判を立てられることもないでしょ。そしたら私だって本気出して色っぽい和歌を詠みまくりますわ
職場のせいにしてる…! ここから周りの女房たちへのダメ出しが始まり、批判対象はなぜか会ったこともない清少納言の老後にまで飛び火します。そしてそのすぐあとで、人の老後を心配してる場合じゃない、自分の老後のほうがヤバいんだった、と反省するのが紫式部の愛すべきところです。
ギスギスした女房の世界でたどりついた処世術

紫式部の生きづらさは、きっと批評眼の鋭さも一因でしょう。他人に向ける厳しい目線が、自分に跳ね返ってきてしまうのです。
そんな自分の批評眼に疲れた紫式部は、「さまよう、すべて人はおいらかに、すこし心おきてのどかに」(見た目を感じよくして、ゆるふわにふるまって、少しのほほんとしてるくらいがいい)しておけばいい、という処世術にたどりつくのでした。
大作家なのにゆるふわOLになるのが一番、なんてせつない気持ちにもなりますが、ギスギスした女房の世界にいるからこそ、たどりついた境地なのかもしれません。
<構成/ビューティーガール編集部>
(エディタ(Editor):dutyadmin)

