―連載「沼の話を聞いてみた」―
マルチ商法に訪問販売、カルト宗教や怪しげな健康法。筆者がこれまで取材してきた体験談では、そうしたものに自分から積極的にかかわっていったケースより、「人に誘われた」ケースが圧倒的に多かった(当社比)。筆者の友人経由で知り合った、高橋珠江さん(仮名・40代)もそうだという。
珠江さんは、東北地方の出身だ。豊かな黒髪が印象的な2児の母である。ところが彼女の歩んできた人生は、その穏やかな見た目からは想像できない、ハードなものだった。
珠江さんは「物心ついたときからいままで、ずっと何かしら“勧誘”されているんですよね」と話す。周囲を巻き込むようなよからぬものにハマることを、当連載では「沼」と読んでいるので、それはさしずめ「沼からの呼び声」だろうか。
人生、まわりは勧誘だらけ
珠江さんの勧誘遭遇歴は、ざっとこんな感じである。
・実家にセールスの電話や訪問販売が次々と押しかけてきて、アルコール依存症で常に酔っている祖父が片っ端から買い上げる
・父が中学の同級生に誘われ、マルチ商法のアムウェイと新宗教にハマる
・珠江さんはバイト先で「肩こりも腰痛も治る」と補正下着マルチの体験会場に連れていかれる
・実家を離れてひとり暮らしをするもトラブルからひきこもりになった珠江さんのもとに、高級布団と印鑑の訪問販売が来る
・「遊びに行こう」と友人に連れ出された先が、カルト宗教の儀式だった
・がんを患い標準治療を受けていると、知人から民間療法の会に誘われる
・ブログの読者から、冷えとり健康法のコミュニティに幾度も誘われる
「自分に直接かかわるものだけでこんな感じで、周りも本当に多いんですよ。親戚友人の話なら、ほかにも山ほどあります。勧誘って本当に、弱っている人を見つけるのがうまいんですね。その嗅覚は、感心してしまうほどです」
カモにされやすい環境がある
相手に嗅ぎつけてくるのもあるだろうが、狙われやすい環境というのもあるのではないだろうか。病気の家族を抱えている。家庭内にトラブルがある。地域の交流が盛んであった時代・地域なら、それらの情報はだだ漏れだったかもしれない。
まずは、実家の話から聞いていこう。

珠江さんの実家は祖父母が裕福な家の出身で、東北地方で馬喰(ばくろう 家畜を売買、交換、斡旋する商売)を生業にしていたという。一族が所有する土地は広大で、家業も繁栄していた。
戦後に建て替えた住まいは贅を尽くした日本家屋で、井戸や池のある立派な庭では四季の自然が楽しめた。周りには、豚や馬の厩舎と田畑が広がる。その土地では、誰もが知る存在だったという。
しかし潤沢な資金があったのは、戦前までの話だ。
「戦後になり時代の変化で家業が傾いたことに加えて、いちばんの打撃は祖父のアルコール依存症です。祖父はシベリア拘留からの帰還者で、祖母曰く『戦争前はあんな人じゃなかった』とか。
だから本当はアルコール依存症になった原因であろう心の傷などを考えてあげなくてはいけなかったのかもしれませんが、あまりの酒乱っぷりに、当時はそんな配慮をする余裕はまったくありませんでした」
酒で気が大きくなって、買う
酔って夜中に馬を放ち、近隣の田畑をめちゃくちゃにする。酔ったまま仕事に出かけ(飲酒運転の取り締まりがゆるい時代だった)、田んぼのあぜ道で脱輪して稲をつぶす。そうしたやらかしに加え、家族がいちばん困ったのが冒頭のセールスだ。

「いつも酔っていて、気が大きくなっている」「金に糸目をつけず、大物を買ってくれる太客」――業者のあいだでそんな情報が出回っていたのかもしれない。珠江さんの家の客間には、さまざまな訪問販売のセールスマンがいつも居座っていた。
ネットもなく個人情報という概念も怪しかった昭和の時代。訪問販売は、いまよりずっと一般的な商法だっただろう(もちろん、いまでも存在する)。化粧品に教材、百科事典、布団やハンコ、調理器具。一定の年齢以上は、何かしら訪問販売にまつわる思い出があるかもしれない。
見栄が人を動かしてしまう
しかし珠江さんの家は「言われるがまま全部買う」というのだから、普通ではない。
「愛用の足踏みミシン使ってるんだから、いらねって言ってっべず!!!」
祖母がそう主張するにもかかわらず、祖父が買うので「ご注文の品お届けでーす」とサクサクと最新ミシンが運び込まれる。去年買い替えたばかりの冷蔵庫も洗濯機もエアコンもオーブンも扇風機も掃除機も、次々と最新型に差し替えられる。家電はリースか? という勢いの頻度ある。

その光景にご近所は「あそごのずんつぁ(じいさま)まだ買ったべ。さすがだずねぇ~」とはやし立て、祖父が満足げに笑う。
「家計に余裕があるならそれもいいんでしょうけど、家業は傾き家計は火の車。借金取りまで来てるんですよ!? でもじいちゃん、すごい見栄っ張りだったんですよね。いつまでも、いいところのお坊ちゃん、地主様、さすが!って思われたかったんじゃないでしょうか」
庶民的な家庭の主婦がエルメスにハマったり、無理してママ友と生活水準を合わせていたら借金を背負うはめになったりと、いまでも「見栄」や「憧れ」で金銭感覚が狂う話は、消費社会に生きる人の世の常である。消費者のニーズにあわせて商品を売り込むという行為については、いまなら隙あらば画面に表示されるサジェスト広告なども似たようなものだろう。
当然ながら訪問販売そのものが悪いわけではなく、店舗まで足を運べない人にとってはありがたいものだ。いまでもさまざまな理由で、ネットも買い物もできない人などに需要があるだろう。しかし珠江さん家に押しかけてくる訪問販売のそれは、度を超していた。

「宝石商も、我が家の常連でした。しかも、じいちゃんが泥酔してくる時間を狙ってちゃんとやってくるんですよ。買った宝石はばあちゃんや母じゃなく、じいちゃんが自分でつけるんですよね。両手に5~6個ギラギラダイヤの指輪はめて、地域でもそりゃもう目立っていました。
ついでに歯の詰め物は、金。ばあちゃんいわく、それも機能面ではなく、見栄だろうと。もし、屏風も金箔があるよ……と入れ知恵する人がいたら、それも手を出してたと思うわ」
かつてショッピングセンターなどでよく見られた調理器具の実演販売なども、珠江さんの家が会場にされていた。地域への貢献が期待される、地主の立場を利用されたと考えていいだろう。
「当然、近所の主婦たちが集まってきてね。そうして人が集まるとまたじいちゃんが『うぢさはほいずば、みなけろ(意味:うちにはそれを全部くれ)』と見栄を張って、買う。最悪です」
誰か止めないのか? と思うのだが、珠江さんの父親はギャンブル好きが高じて借金まみれになり、母親はそんな家族に愛想をつかし、家出してしまったという。だから祖母は家族の世話に加え、酔っぱらった祖父の後始末で忙しかった。
「あのポンコども!!」
祖母はいつも馬も祖父もひとまとめに罵っていた。当時珠江さんには何のことはわからなかったが、今回あらためて調べてみると「クソ野郎」というニュアンスの方言だったようだ。

「私は生活に必要なものを買ってもらえないとかごはんが足りないとか、目に見えて不自由な暮らしをしていたわけではありませんが、次々起こるトラブルに頭を悩ませている祖母があまりに大変そうで、いつもどこか遠慮していました。
祖母がぼやくし借金取りも来るしで、物があふれていてもうちにはお金がないのがわかる。だからクリスマスプレゼントのリクエストを聞かれても、卓上クリーナーとか実用品しか言えませんでしたね」
宝石で指がギラギラ!
当然ながら訪問販売そのものが悪いわけではなく、店舗まで足を運べない人にとってはありがたいものだ。いまでもさまざまな理由で、ネットも買い物もできない人などに需要があるだろう。しかし珠江さん家に押しかけてくる訪問販売のそれは、度を超していた。

「宝石商も、我が家の常連でした。しかも、じいちゃんが泥酔してくる時間を狙ってちゃんとやってくるんですよ。買った宝石はばあちゃんや母じゃなく、じいちゃんが自分でつけるんですよね。両手に5~6個ギラギラダイヤの指輪はめて、地域でもそりゃもう目立っていました。
ついでに歯の詰め物は、金。ばあちゃんいわく、それも機能面ではなく、見栄だろうと。もし、屏風も金箔があるよ……と入れ知恵する人がいたら、それも手を出してたと思うわ」
かつてショッピングセンターなどでよく見られた調理器具の実演販売なども、珠江さんの家が会場にされていた。地域への貢献が期待される、地主の立場を利用されたと考えていいだろう。
「当然、近所の主婦たちが集まってきてね。そうして人が集まるとまたじいちゃんが『うぢさはほいずば、みなけろ(意味:うちにはそれを全部くれ)』と見栄を張って、買う。最悪です」
祖母がひとりで苦労を背負う
誰か止めないのか? と思うのだが、珠江さんの父親はギャンブル好きが高じて借金まみれになり、母親はそんな家族に愛想をつかし、家出してしまったという。だから祖母は家族の世話に加え、酔っぱらった祖父の後始末で忙しかった。
「あのポンコども!!」
祖母はいつも馬も祖父もひとまとめに罵っていた。当時珠江さんには何のことはわからなかったが、今回あらためて調べてみると「クソ野郎」というニュアンスの方言だったようだ。

「私は生活に必要なものを買ってもらえないとかごはんが足りないとか、目に見えて不自由な暮らしをしていたわけではありませんが、次々起こるトラブルに頭を悩ませている祖母があまりに大変そうで、いつもどこか遠慮していました。
祖母がぼやくし借金取りも来るしで、物があふれていてもうちにはお金がないのがわかる。だからクリスマスプレゼントのリクエストを聞かれても、卓上クリーナーとか実用品しか言えませんでしたね」
母が家を出て行ったのは、珠江さんが小学3年生の夏だった。すると監視がゆるくなったからか、父が借金返済のためにとマルチ商法のアムウェイに、つづいて新宗教にも入会した。それらは、父の同級生からの誘いだったという。
「こいずばうっど、もうがっからよ~!(意味:これを売ると、儲かるんだぞ)」
父がうれしそうに、「飲めるほど安全」というフレーズで有名な洗剤を珠江さんに見せる。

「段ボールに囲まれた部屋で、いそいそと商品を並べる父。マルチ商法の知識がない小学生の目から見ても、“ああこいつはもうヤバい”と感じましたね。ほかには、なんちゃらの教祖さまからのありがたいお札とやらを枕の下に敷いて寝たり、パワーが抽入されている水とやらを頭からかぶったり」
娘のバイト代までも…
高校にあがると、珠江さんは自活を目指してバイト三昧になる。しかしそうしたお金も「今日10万払わないと借金取りに殺される」と父親に泣きつかれ、もっていかれてしまう。ギャンブルから発生した借金が、マルチ商法のノルマや新宗教へのお布施でさらにふくれ上がっていたのだ。
「結局私は、半分家出のような形で実家から抜け出し、ひとり暮らしをするようになりました。父は東京へ逃げ、別の家庭と会社を設けたようです。祖父母の家と土地は、親戚が全部買い取ってくれたと聞きますが、交流がないのでその後は知りません」
勧誘沼にハマッた家族からの教訓
家庭が崩壊した根本的な原因は、祖父と父の暴走にあったとしても、ハイエナのごとく過剰な営業行為が、事態を悪化させたのもまた事実だろう。一般に、ちょろいターゲットの名簿は「カモリスト」と呼ばれるが、そうした情報網の存在も感じさせてくれる話である。

「昭和から令和のいままで、さまざまな勧誘の現場を見つづけてきた人生ですが、こんな実家だったので、私自身はそうしたものに心底うんざりしていて、勧誘はされるものの一度も引っかからずにいます」
勧誘がらみでよかったことと言えば、それくらい! と珠江さんは豪快に笑う。常に沼からおいでおいでされる、壮絶人生である。
<取材・文/山田ノジル>
山田ノジル
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
(エディタ(Editor):dutyadmin)
