―連載「沼の話を聞いてみた」―
「母の場合は、宗教からはじまったんですよね」――橋本佳子さん(仮名/40代)は、実母のことをこう振り返る。
母ががんと診断されたと聞きつけてすぐ、橋本家に姿をあらわしたのが母の従妹だった。当時佳子さんは、12歳。33年前の話である。
「信仰しないから、がんになったのよ!」「いつかこんなことになるって、ずっと思っていた」
大柄で、どこか得体の知れなさがある母の従妹(いとこ)が言い放つその姿は、「ドーン」と対象者にショックを与える喪黒福造(By笑ウせぇるすまん)のようだったという。
ほかの宗教を認めない親戚
母の従妹が言う「信仰」とは、超大手の新興宗教団体のことだ。
「母の従妹……私はおばさんと呼んでいました(以下、おばさん)。おばさんは熱心な信者で、私たち家族も昔から、そこそこ振り回されました。うちの父が交通安全のお守りを車に下げていたら、『私の前でこんなものぶらさげないで!』と引きちぎり、クリスマスを楽しんでいると『仏教徒のくせにキリストの生誕祭…?』と嫌味を連発」

「自分の目の届く範囲にある、他の宗教を認めないという姿勢が攻撃的ですごかった。選挙のたびに大騒ぎしていたのもすごくよく覚えていますね」
弱ったところにつけ込んでくる
「以前に小さな男の子が餓死させられた事件あったじゃないですか。あの報道でも、子どもが意識を失ったとき、母親は救急車を呼ばずに新興宗教のご本尊を拝んでたという。あれを知ったとき、真っ先におばさんを思い出しちゃって」
喪黒福造のような親戚。なかなかお近づきになりたくない存在であるが、「完全に、病気で母の気持ちが弱ったところに入り込んできた」と佳子さんはため息をつく。
そして圭子さんの母も、宗教団体に入信した。
最初に「まずはこれがなくては、話にならない」とおばさん経由で買わされたのが、仏壇だ。
「それがまた重厚な存在感ある仏壇で。小さいサイズも存在しているようですが、おばさんなりに気合いが入ってたんですかねえ。ウチにはもともと、祖母の位牌などが置いてある一般的な仏壇があったので、えっコレどこに置くの! というごく単純な驚きが真っ先に来ましたね」
「決して広くない家に仏壇がふたつ……。父は『それで母の気が休まるなら』、と言って見守る姿勢でしたが、私たちきょうだいとしては”ずいぶん場所をとるお守りだよなあ”……と困惑しつづけました」

そしてはじまる、母の信者生活。
幸いにも、佳子さんの父が「子どもたちは絶対に巻き込むな」と防波堤になってくれたので、佳子さんきょうだいが母の信仰に付き合わされることはなかった。
しかし、家庭内の様子は着実に変わっていく。
「朝と晩、仏壇に向かって拝むのが母の日課となりました。口に出してお題目を唱えるので、いやでも耳に入ります。父は入信していませんでしたが、母が喜ぶからと、おばさんに誘われる信者の集いには付き添いとして足繁く通っていましたね」
佳子さんは次第に家に友だちを呼びにくくなり、治療と信仰活動で親が不在がちな家にもなった。かと思えば、信者仲間がお茶会的に集っている日もある。

佳子さんきょうだいの日ごろの食事は、レトルトと冷凍食品を多用するようになる。カレーやパスタなど簡単な料理は自分でできるようになるが、弁当が必要になったら自分でコンビニで調達したものを詰め替える、というライフハックを覚えたのもこのころだ。
肝心のがんは信仰によって消えるわけではなく、手術と抗がん剤治療を行った。その際もおばさんは信心を持ち出し『大先生がついていてくださるから大丈夫! 手術は大成功よ!』と、なぜか自信満々だったという。
信じるものは救われる、というヤツだろうか。
「それがまた重厚な存在感ある仏壇で。小さいサイズも存在しているようですが、おばさんなりに気合いが入ってたんですかねえ。ウチにはもともと、祖母の位牌などが置いてある一般的な仏壇があったので、えっコレどこに置くの! というごく単純な驚きが真っ先に来ましたね」
「子どもは巻き込むな!」
「決して広くない家に仏壇がふたつ……。父は『それで母の気が休まるなら』、と言って見守る姿勢でしたが、私たちきょうだいとしては”ずいぶん場所をとるお守りだよなあ”……と困惑しつづけました」

そしてはじまる、母の信者生活。
幸いにも、佳子さんの父が「子どもたちは絶対に巻き込むな」と防波堤になってくれたので、佳子さんきょうだいが母の信仰に付き合わされることはなかった。
しかし、家庭内の様子は着実に変わっていく。
ネグレクト化していく母
「朝と晩、仏壇に向かって拝むのが母の日課となりました。口に出してお題目を唱えるので、いやでも耳に入ります。父は入信していませんでしたが、母が喜ぶからと、おばさんに誘われる信者の集いには付き添いとして足繁く通っていましたね」
佳子さんは次第に家に友だちを呼びにくくなり、治療と信仰活動で親が不在がちな家にもなった。かと思えば、信者仲間がお茶会的に集っている日もある。

佳子さんきょうだいの日ごろの食事は、レトルトと冷凍食品を多用するようになる。カレーやパスタなど簡単な料理は自分でできるようになるが、弁当が必要になったら自分でコンビニで調達したものを詰め替える、というライフハックを覚えたのもこのころだ。
肝心のがんは信仰によって消えるわけではなく、手術と抗がん剤治療を行った。その際もおばさんは信心を持ち出し『大先生がついていてくださるから大丈夫! 手術は大成功よ!』と、なぜか自信満々だったという。
信じるものは救われる、というヤツだろうか。
しかし当然ながら、世の中そう都合よくはいかない。
手術から5年後、母のがんは転移し再発した。佳子さんが22歳のときだ。
こうした経緯はまったくめずらしくない話であり、当然信仰とは関係ない。ところが信仰があるから大丈夫! と言っていたおばさんは引っ込みがつかなくなったのか、さらにキツい言葉を病身の母に投げかけてくる。

「『信仰が足りなかった』『お題目じゃなくて医療に頼るから……』とブツブツ言っていましたね。母はもともと気が弱い人だったので、その仏壇を拝みながら、いつ再発するかと怯える毎日を過ごしていました。それでこの結果だから、本当にかわいそうで」
信仰が悪いわけじゃないけれど
「私たち家族も、信仰でがんが治るとは一ミリも思っていませんでしたので、再発に関しておばさんや宗教団体に恨みはありませんけど、心が弱っている人を脅すようなおばさんの物言いはさすがにどうかと思いましたね」
そして次に、別の沼が待っていた。大病を患うと多くの人が遭遇するであろう、健康食品である。

「ある日、テーブルの上に置いてあったんですよ。明日葉で奇跡が起こった! みたいなタイトルの本が。あーこっちに堕ちたか……と思った瞬間でした」
健康食品に散財する母
「それからです、サルノコシカケにキトサン。1回何万円もする、酵素風呂のチケット。仏壇にホコリが積もるのと比例して、謎の健康食品が家のなかにあふれていきました」

佳子さんの目には、「私の友人が、これで治ったのよ……!」と耳元でささやかれて母が財布のひもを解く光景がうかぶ。
「母はもともと、民間療法や健康食品にまったく興味のない人でした。オカルト系の不思議な話も、鼻で笑い飛ばすタイプ。でも、噂や口コミに弱いところもあったのかもしれません」
「私はインフルエンザワクチンの集団接種世代なんですが、一部の新聞で、学童期の予防接種はしなくても問題ないみたいな記事が出たことがあったんですよね。それを目にしただけで、即『あなたたちは、もう予防接種受けなくていい』みたいになりましたから」
信じたい気持ちからの押し付けか
明日葉は、ゆでても炒めても天ぷらにしても美味い。まあいいのでは……? と思いたいが、そうした素材を練りこんだ、そこそこお高いサプリやお茶も、この手の健康食品の定番アイテムだ。
「なかでも勘弁してくれと思ったのはアロエベラ。マルチ商法で販売されている、健康ドリンクです。代引きで、商品が詰まった段ボールがドーンと届くんですよね。うれしそうに財布から何万も出している母を見ると、仕方ないとはいえうんざりしてしまう」

「お金だけの話ではありません。私たち子どもが風邪をひいてもお腹を壊しても、肌が荒れても生理痛や頭痛で横になっていても、『アロエジュースですぐ治る!』と押し付けてくるので」
母の死を振り返り思うこと
娘にアツく勧めたのは、自分にも効いていると信じたい気持ちがあったからかもしれない。
「母は再発したがんによって、ほどなくして亡くなりましたが、最終的に『一番心安らいだのはパチンコだった』と話していました」

つらい状況下での心のよりどころは、人それぞれ。
ギャンブルに健康食品、宗教。どれがよくてどれが悪いというものはないだろうが、家族を巻き込み大金を使う点だけはどれもいただけない。しかも佳子さん母の場合は「これをやらないから病気になった」と弱みにつけ込む形で脅されたので、悪質だと言っていいだろう。
<取材・文/山田ノジル>
山田ノジル
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
(エディタ(Editor):dutyadmin)
