―連載「沼の話を聞いてみた」―
「肉を食べている人たちを見下ろす感覚になる」――厳格な菜食主義である「ヴィーガン」を実践していたときの心境を、こう語った女性がいた。「カルトの紹介と考察」をテーマにYouTube番組を発信している「カルト研究室」のメンバー、いるみるくさんだ。
一般にヴィーガンとは、食だけでなく「動物を搾取しない」という考えにも基づいて菜食を実践する市民運動だ。
それゆえ、いるみるくさんは、友人に焼肉に誘われれば「牛を殺して焼くって何!」と怒りを覚え、肉を食べる友人たちにはそれがいかに不自然であるかを諭し、上から見下ろす快感を覚えていたという。
医師から食生活の不自然さを指摘されれば「年寄りだから何もわかってない」と耳をかさず、高い送料や交通費を使い有機野菜やヴィーガンコスメを買いに遠出する。
カロリー制限が沼の入口
当時は21世紀を迎えたばかり。まだ日本ではヴィーガンが一般的ではなかったこともあり、基本はソロ活。「ひとりでも戦って、社会を変えていく」という使命感に満ちていたという。
しかし現在のいるみるくさんは、肉も魚も口にするという、ごく標準的な食生活を楽しんでいる。どのようにヴィーガンという沼にハマり、そして出てきたのか。今回はその体験を聞いていこう。
いるみるくさんが食生活を変えた目的はダイエットだった。
「18歳のときです。ぽっちゃり体型を変えようと思い、摂取カロリーを抑えることを始めました。1日1500kcalに調整して順調に体重が落ちていったものの、次第にダイエットの定番である停滞期にぶつかります」
無茶なダイエットが加速する
「そこから1日1200~900kcalくらいにまで減らし、そうなるとこんにゃくと野菜くらいしか食べてませんでしたね。肉や魚、乳製品はカロリーが高いという理由から、口にしませんでした」
1日に必要なエネルギー量の目安は、18歳女性の場合はだいたい2000kcalとされている(身体活動レベル普通の場合)ので、900kcalはかなりハードだ。長期間つづければ心身ともに負担がかかり、やせてもリバウンドの可能性は高い。
極端なダイエットは健康を害するという指摘は当時すでに多々あったものの、ネットがそれほど発達していない時代だったので、いま以上に無茶をする女性は多かっただろう。
筆者もいるみるくさんとだいたい同年代なので、こうした話を聞くと、学生時代に無茶なダイエットをしていた同級生たちを思い出してしまう。
「そうしているうちに、カロリーを摂るのが怖いという感覚になって、食べ吐きです。私の場合は、ものを食べたら15分が吐き戻すタイムリミット。それ以上経過すると食べたものが下へ移動してしまって吐けなくなる。低カロリーであることに加え、とろみのあるものとか、吐くことを前提に食べるものを選んでましたね。それが20歳くらいまでつづきました」
ここでいるみるくさんが話す「食べ吐き」とは、指で喉を刺激したりしてみずから嘔吐を誘発すること。一般的には「過食嘔吐」が広く知られ、摂食障害を引き起こす危険な行為だ。
玄米、マクロビ、その次は
当時のいるみるくさんも「このままつづけるとヤバい」という自覚は持っていた。
「そんなタイミングで、巷で流行していた『粗食のすすめ』※を知りました。これならカロリーは控えめでも健康になれそうだと思い、本にならって玄米生活を取り入れます」

※ 管理栄養士である幕内秀夫氏の著書。1995年に第1版刊行。現代人の病気は食が原因だと主張し、「本当に健康になるために」と風土に根差した伝統的な穀類中心の献立と調理方法を提唱した。「粗食ブーム」の火つけ役となり、関連書籍は累計100万部を突破したという。
「そうしているうちに、次に出会ったのはマクロビです」
「おしゃれ」という落とし穴
「当時マドンナがはじめたことで、話題になりました。それがもう、すごくオシャレに見えまして。しかもマドンナはパーソナルシェフがいるというのが、なんだかすごかった。すっかり『こんなおしゃれで、しかもカロリーも抑えられるなんて! 最高やんけ!』と、ドはまりです。『粗食のすすめ』を雑に解釈して我流の玄米菜食生活を送っていたので、マクロビの食事ルールにはさほど抵抗はありませんでした」
マクロビオティック、通称「マクロビ」の考え方では玄米などの穀物を中心に、旬の野菜、海藻、豆類を摂ることが推奨される。
厳密に禁止はされないが、肉(野生の肉をほどほどはOK)、魚、乳製品、精製された塩や砂糖などは極力避けるのが望ましいとされている。「一物全体」「陰陽調和」「身土不ニ」といった東洋思想が軸にあるので、現代の栄養学とはまったく違う理論で成り立っている。
「マクロビでは動物性の食品は避けるので、カフェラテを注文するときは牛乳を豆乳に変えてもらいます。『あ、ソイで』。そう言うのが、最高にカッコイイと思っていましたね」
救急搬送寸前からの回復
ところが頻繁に豆乳を摂る生活を送っているうちに、豆乳アレルギーを発症。菜食中心の食生活を送るうえで、大豆製品は貴重なタンパク源なのに……。アレルギー症状で呼吸困難となり、救急車の要請を真剣に考える瞬間もたびたびあったという。

そうした事情から、しばらくはタンパク質を摂るべく、一部の乳製品はOKという「ラクトベジタリアン」として過ごしたという。そうした試行錯誤のなかで幸い食べ吐きはおさまり、拒食傾向は回復していった。
有機野菜沼は深かった
次の転機は、25歳のときに訪れる。粗食、マクロビとつづき、今度はオーガニック野菜だ。きっかけは作家・横森理香 の『地味めしダイエット』が話題になったこと。そこではいまで言う「ゆるマクロビ」といった雰囲気の提案がされており、女性誌などでも多くとりあげられていた。
「これもまた、オシャレな雰囲気に惹かれて(笑)。横森さんが使っているものなどをいろいろと調べるうちに、次は有機野菜の沼へとハマっていきます。農薬を敵視して、農薬使うなんて馬鹿じゃないの。ミツバチ死んじゃうし、土壌が汚染されるし、赤ちゃんだって危険だったりするかもしれない! なんであんなもの! ……真剣にそう考えるようになりました」
当時はいまほど有機野菜の販売は少なく、いるみるくさんは横森氏と同じ「らでぃっしゅぼーや」の宅配を開始。ときには電車で遠出して、おしゃれな高級スーパーの一角にある有機コーナーへ。「青虫がついている野菜は、最高の証」。そうした価値観を楽しんでいた。
動物にも権利がある!
すると次第に「環境を意識」「肉を否定」という共通点から、新たな情報が入ってくる。「動物の権利」と訳されるアニマルライツだ。冒頭で説明したように、厳格な菜食主義と訳されるヴィーガンにアニマルライツは含まれる。

「私の周りには当時、菜食主義者はいなかったから、ただの変人扱いです。一緒にご飯いっても『お前が食べるものないぞ』とからかわれたり、嫌な思いもたくさんありました」
嫌な思いをするほどハマる沼
「しかしそこでやめず、逆に信念を補強したのがアニマルライツという考え方。肉食べるとか、野蛮人しかしないよ? 世界ではそれが当たり前! みたいな。世界に行ったことないのに、何を言っていたんだか……(笑)」
ダイエットを入り口に有名人のライフスタイルに感化され、マクロビ、オーガニックを経てヴィーガンの思想に染まっていった。こうしているみるくさんの「目覚めた人」としての活動が始まった。
(3/15公開の中編につづく)
<取材・文/山田ノジル>
山田ノジル
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
(エディタ(Editor):dutyadmin)
