
自身の名を冠して独立開店! 垣間見える、食べ手目線のこだわり
最近は20代で独立開店する料理人が多い中、“満を持す”という言葉にふさわしい日本料理店が麻布十番に誕生した。店名は『あらいかわ』。
店主である洗川智也さんが腕を振るってきた『麻布 幸村』とは目と鼻の先の場所にある。料理人として生きる道を選んだ時から店を持つことは夢ではあったが、ずっと“その時ではない”と思っていたという。
『麻布 幸村』の大将、幸村純さんが独立したのが40歳。その年齢を越した洗川さんに、いよいよ“その時”が訪れた。

独立がなぜ今だったのかという問いへの答えだ。
ひたすら料理の道を極め続け、経験、実力ともに熟しすぎるほどになった。「そろそろ形にしなければいけないかな」という“感覚”だったと言う。むしろ周りの人が待ち望んでいたのだろう。その証拠に、予約のほとんどが『麻布 幸村』から贔屓(ひいき)にしてもらっているお客だ。
大将の幸村さんも時間ができると寄ってくれるのだが、実はこの場所を探してくれたのも幸村さんだったという。みなさんが応援してくれていますね、と話しかけると「言うことを聞かない問題児だからです」と照れ笑いする。

「たった10坪7席なのでお客さまからすべてが見えてしまいます。だからこそ厨房を重視しました」と話す。

変幻自在に食材を操る職人技、”今”を堪能できる「おまかせコース」
『あらいかわ』の「おまかせコース」には決まりがない。「刺身」から始まるときもあれば「小吸い物」や「焼物」から始まる時もある。「夏はビールで始める方が多いので、串揚げから出すこともあります」と洗川さん。なんとまぁ、いまだかつて出逢ったことのない料理人だ。さて、本日は何から始まるのだろう。

「白魚の白煮とうすい豆」「豆苗とササミの胡麻和え」「炙りホタルイカ」「紫カリフラワーのすり流し」「白えびのかき揚げ」「このわたの小巻寿司」「姫さざえのうま煮」「じゅん菜の土佐酢」の8種である。その日により内容は変わるが、どれも素材に寄り添う味わいだ。

高級食材を使えばおいしいに決まっているが、それでは価格が上がるばかりで自分のスタイルとは違う。献立も書かない。市場に行っておいしい食材を買ってきてから考える。

この美しい佇まいにうっとりしてしまうではないか。
まずは「アスパラガスと芽キャベツ」(写真上)から。芽キャベツを口にした第一印象は、“とてもやわらかい”。が、その後には葉の輪郭をしっかりと感じさせてくれる。アスパラガスは水分をギュッと閉じ込めているので、噛むごとにじんわりとうまみが広がってくる。

日本料理店で、きちんと仕込みをしたおいしい串揚げを出すところは少ない。だから挑戦してみようと思ったそうだ。「結局、自分が食べたいからですよ」と本音をこぼす。

「音とか泡の出方とかって言いますけど、“感覚”です。毎日向き合っていれば自然とわかりますよ」と言うが、そんな簡単なことではない。洗川さんの技術の高さは、懐紙に油の痕がまったく残らないことが証明してくれる。

カマスはホクホクでしっとり。米と混ぜると新しい食感が生まれ、ハフハフしながらいただく口福に酔いしれる。おいしいに決まっているではないか。
いろいろ質問してみるものの答えは決まって“感覚”なのである。
この店で使い始めた包丁は21歳の時に買ったもの。今まで一度も使ったことがなかったが、20数年を経てなぜか手に取った。
初心に戻れというお告げなのだろうか? 無意識なので、これも“感覚”なのだと言う。

洗川さんは“こういう器があるからこういう料理を作ろう”ではなく、“こういう料理ができたからこういう器にしよう”と考える。
コースに決まりがないのもクリエイターならではの“感覚”なのだろうか。

「今は自分がおいしいと思う“感覚”で出していますが、お客さまの反応も大切にして、これから料理を固めていきたいですね」と。
“感覚”という言葉は曖昧で、良くも悪くも取れる。しかし洗川さんの“感覚”は20数年間、絶えず努力し培ってきた料理人生だからできあがったものである。実力がなければ、この破天荒にも見えるコースはただの自己満足になってしまうはず。無意識と言うが計算したかのように完成されているのだ。
つまり、豊富な経験の上にのみ成立する“感覚”である。
洗川さんから生まれる“感覚”の世界に、今日も店を訪れた食通たちが魅了されていることだろう。
撮影:八木竜馬
【メニュー】
おまかせコース 13,000円
※価格は税・サービス料別
あらいかわ
〒106-0045 東京都港区麻布十番1-5-703-6804-1445
18:00~
不定休 ※前日までに予約が必要

この記事の筆者:高橋綾子(フードパブリシスト)
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