
東京・下町に店を構える『みの家』は明治30年から「桜なべ」を売り続けてきた
馬肉をすき焼きのようにして食べる「桜なべ」は、精がつく食べ物として、明治時代から愛されてきた東京の伝統料理。当時からの伝統を今に受け継ぐ老舗『みの家』は、下町色が深く残る東京の深川・森下に1897年(明治30年)に創業。今も多い日には250人が訪れる人気店だ。
八丁味噌と割り下を合わせる、濃いめの「桜なべ」はクセになる味!

永瀬:「明治時代、隅田川の運河で働いていた肉体労働者たちが、自分たちの小遣いで食べられる食事として普及したのが、馬肉やどじょうを使った料理屋でした。牛肉やウナギはハレの日の食べ物ですが、馬肉は当時、豚肉よりも安かったですし、グリコーゲンを多く含むため食べると元気が出る、精がつく食べ物として人気を博していました」

永瀬:「当店では、普通の「桜なべ」と、「桜なべ(ロース)」「桜なべ(ヒレ)」、それに馬肉が苦手な方向けに「豚なべ」の計4種類の鍋をお出ししています」

上にのっているのは、特製の味噌と、馬の腹脂。味噌を割り下で溶かしながら煮込んで、肉の色がさっと変わったら食べ頃です。腹脂は、やわらかくしつこくない味わいなので、これだけ別注文する常連のお客様もいらっしゃるんですよ」

味噌も具も変わった! 時代に応じて常に進化し続ける「桜なべ」
永瀬:「老舗ではよく、『代々受け継がれた秘伝のタレは一切変えずに……』などと言われるところもありますが、私どもでは、お客様にはわからないように、時代の変化とともに変えています。むしろ、まったく変わっていない部分というのはないかもしれません。その中でも、時代の変化とともにやむを得ず変えた部分と、よりよいものを提供するために意識的に変えた部分とがあり、前者では、味噌やお麩、後者では馬肉が当てはまります」

永瀬:「味の変革がお客様からの苦情になったことはほとんどありませんが、お麩を変えたときには、ちょっとクレームが出てしまいましたね。当店では、もともと小判型のお麩を使っており、昭和40年代に俵型に変えたのですが、今から17~18年前に俵型のお麩を作る人がいなくなってしまって、再度、小判型に戻したんです。
俵型のお麩は煮汁が染みるのに時間がかかるので、お客様には最初に入れてもらうよう伝えていたのですが、小判型は断面積が大きいので、同じように煮ると汁を吸い過ぎて辛くなってしまいます。お麩そのものは昔よりもおいしくなっているのですが、食べ方についてはお客様がセルフで行いますから、その旨を伝えるのに時間がかかりましたね」
青森から最高の「馬肉」を仕入れて自店で熟成する
――馬肉に関しては、昔と今でどのように変えてきたのでしょうか?永瀬:「いちばん大きな違いは、最終的な馬肉の熟成を自店で行なうようになったことです。以前は問屋さんが行っていたのですが、それだと熟成にバラツキが生じていました。そこで、最後の熟成の見極めを自分たちでやるために、10年ほど前にお店に畳2畳半くらいの熟成庫をつくり、現在は骨付きのまま吊るして熟成させています」

当店で使用するのは青森産の馬肉がメインですが、食肉処理して2週間くらいは現地にある当店専用の冷蔵庫で熟成して、冷蔵で運んでさらにお店で1週間ほど熟成します。個体により熟成の進み方も違うので、状態を見極めながら提供することができるようになりましたね」

――馬肉の産地も、時代によって変わってきたのでしょうか?
永瀬:「昔から、国産も外国産も色々と仕入れていますが、現在メインで取引している青森の牧場とは、30年くらいの付き合いになります。そこの社長は、まだ6頭くらいしか馬を生産していなかった頃に上京し、上野からタクシーに乗って「東京で一番馬肉を売る店に連れて行ってくれ」と頼んだそうです。それを3回繰り返したところ、3台ともうちの店に連れてきた(笑)。そこで、「間違いない」と思って飛び込みで営業に来たところからのご縁です。今では、全国で5本の指に入る大きな牧場となっています」

――馬肉の部位については、どのように使い分けていますか
永瀬:「桜なべに使用しているのは、鞍置きと呼ばれる背中のあたりから腰にかけての赤身の部位。肉質がきめ細かく、スジが入り組んでいないのでとてもやわらかい。とはいえスジがないわけではありませんから、熟成させたら硬いスジを丁寧に取り除きます」
建物は毎年メンテナンスし、昔の雰囲気を守り抜く

永瀬:「入口の下足番を含め、この雰囲気が好きだといってくださるお客様は多く、久しぶりにいらしても『昔と全然変わらないね』と喜んでもらえるような空間づくりにはかなり気を遣っています。そのため毎年どこかはメンテナンスをしている状態です」


永瀬:「客層はずいぶん若返ったように感じますね。昨今の赤身ブーム的な流れに加えて、馬を食べることに偏見がない人たちが増え、女性のお客様も多くいらっしゃるようになりました。それこそバブル以前は9割が男性客だったのですが、現在は女性が半分くらい。昔は接待が中心でしたが、今はどちらかというと、うち目当てで来てくれるお客様が多くなりました」
馬肉が消えた!? 経営の危機を乗り越えて
――これまでに経営の危機などはありましたか永瀬:「ほかの老舗と同じように、戦中から戦後にかけて商売のできない時期が続きましたが、専門店ならではの危機といえば、昭和30年代に起きたコンビーフの偽装問題で、市場から馬肉が消えてしまったことがあったそうです。方々から買い集めても、質が悪かったりして、クレーム続きで大変だったそうです。昭和30年代までは豚の半分以下の価格で買えた馬肉も、今は倍以上。ここ50年間、一度も値段が下がっていません。馬肉をよく食べるヨーロッパなどに比べると、日本ではまだまだマイナーな食材なので、ライバルは少ないのですが、安定していいものを仕入れるのが難しいという苦労もあります」

永瀬:「老舗にも様々なスタイルがありますが、うちはわりと革新的な方だと思います。とくに祖父は新しいものが好きで、熱源を炭火からガスに切り替えたのも界隈では初めてでした。また内装も事有るごとに改善して、店の奥に特別室を作ったのも祖父の代です。逆に父は保守的で、建物も一切いじらなかったですね。ただ、「気取って高級路線に行くな」とは散々言われていました。かといって、安っぽいのもダメ。わかる人が見れば、店も料理も「いい材料を使っているな」と感じてもらえる店であり続けることが目標です」
【メニュー】
桜なべ 1,900円
桜なべ(ロース肉/ヒレ肉) 各2,100円
肉さし(馬肉刺身) 1,900円
馬肉たたき 1,600円
あぶらさし 1,600円
玉子焼 600円
桜なべ みの家
〒135-0004 東京都江東区森下2-19-903-3631-8298
12:00~14:00、16:00~21:30(土・日は12:00~21:30) ※各L.O.21:00
火曜(5~10月は臨時休業あり)

この記事の筆者:笹木理恵(フードライター)
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