―連載「沼の話を聞いてみた」―
「パワーストーンが飼いネコの病気に効くと言われ、そんなわけない…とはわかっているのに、ついつい買ってしまいそうになるんですよね」
愛猫の写真を見せてくれながら、そう話すのは50代の里中美香さん(仮名)だ。
美香さんはもともと、陰謀論や自己啓発、スピリチュアル、代替療法といった世界にどっぷりつかってきた過去がある。それらにハマったことで職も友人も家族も失い、「まったく幸せになれない」と気づき足を洗って、いまはパートナーとともに地道に働き新たな人生を楽しんでいる。
エビデンスなき「お手当」
ところが、ペットであるネコかわいさで冷静さを失うと、昔の沼が顔を出すのだ。
今年の夏には、かわいがっていた通いネコに「レイキ」を施した。レイキとは、厚生労働省の「統合医療」情報発信サイトでは「身体に本来備わっている自然治癒力に対する、東洋の信仰に基づくもの」と説明されている。
「庭に遊びに来たネコの様子がおかしいんですよ。息が早く、いつもは出ていないよだれをたらし、体は熱い。ぐったりして食欲もない。『あ、熱中症?』とあわてました。
そこで、ネコの保護活動をしている知人に急いで教えてもらい、レイキでお手当したんです。高次元の光が放射されるイメージで、手のひらからエネルギーを発して浄化を促します」
通いネコを気にかける限界
ちなみに同サイトには、「レイキはいかなる健康上の目的においても、その有効性は明確に示されていません」「そのようなエネルギーの存在を示す科学的根拠(エビデンス)はありません」とも明記されている。
具合が悪そうなネコのお手当にレイキをオススメする保護活動者……大丈夫なのか?と少々心配になってしまう。

美香さんの家に遊びに来る通いネコは、体をまかせてくれるほど懐いていないので冷やすことができず、これはこれで苦肉の策だったのかもしれない。また病院に連れていきたいと思っても、ペットは公的な保険制度もなく、動物病院は自由診療であるから、そう気軽には連れていかれない。
レイキ効果なのか自然に回復したかのかはわからないが、その通いネコはいまでも元気だというので何よりであるが。
飼いネコに対しては、もともと体が弱いことから、さらに必死になってしまうという。
ペットへのワクチン、募る不安
「すぐにごはんを食べなくなってぐったりしたり、おなかを下したり。だから長いあいだ、副作用があったらどうしようと、ワクチン(※)を打つことができませんでした。
もちろん防げる病気は防いであげたい気持ちはあるんですけど、心配がふくれ上がってしまう」
※ネコの場合はイヌの狂犬病ワクチンのように義務となっているものはないが、かかりやすい感染症から守るために数種類打つのが一般的である。

悩んだ末に接種させたきっかけは、「耳ダニ」のどうにもならなさだった。
自然派療法を試してみたけど
「かゆがって気持ち悪そうにしているのだけど、とにかく病院に連れていくのが大変。察したように隠れる。暴れる。警戒する。
そこで『耳ダニを手作りオイルで完治させた』という自然派さんのブログを参考に、オリーブオイルを煮出したのを耳の中に垂らしたりしたこともありました」

結果、激しい抵抗にあったという。しばらくつづけたがまったくよくならず、最終的に無理やり病院に連れて行き、洗浄と薬の処方で改善したようだ。遠回りしたぶんのストレスを想像すると、ネコも飼い主もお疲れさまである。
「それをきっかけに病院へ通うようになり、ワクチンも打つようになりました。ホント、心配しすぎて逆に負担を与えてしまうの、よくないですよねえ」
ネコかわいさだけでなく、美香さんの場合はやはり、「医療は危険」という思想にハマっていた過去に得た知識も、不安に拍車をかけるのだろうか。
本当にペットの健康にいいのか!?
いろいろなペット向けのヒーリング法やスピリチュアル雑貨もつい気になってしまうが、いまのところそうしたものの購入には至っていない。
「踏みとどまれるようになったのは喜ばしいことかも」と、みずからの沼体質について考えるという。

「陰謀論コミュニティにいたときのヴィーガン仲間は、人工界面活性剤が怖いからと、固形石鹸で長毛種の小型犬を洗っていましたね。石鹸のせいかカットをあまりしないせいかはわかりませんが、なんだかギシギシで毛玉だらけ。
私もそうしたことをしてしまう可能性がありますから、常に『それをやることでペットの健康はどうなるのか?』を冷静に見るように気をつけなければ」
美香さんが気をつけたくなるのも道理で、ペットを対象にした民間療法は星の数である。
夫よりも、ネコが心配
遠隔ヒーリング、気功、アロマオイルの飲用、温熱マッサージ。
ニオイ対策に、ペットの身体にEM活性液をスプレーする。EM活性液とは、「人間にとっていい働きをしてくれる微生物の集まり」とされる「EM菌」に糖分を加え、発酵させた液体。EM菌は、科学的根拠、医学的根拠は確立されていないというのが、一般的な見解だ。
スピリチュアル量子力学(注:物理学の量子力学とはまったく違うもの)では、「感情の周波数を調整したらイヌの歯周病が翌日治った!」みたいな体験談もあった。

「ペットは家族なので、動物だから別、という考えはなく人間と同じように考えます。それでももの言わぬぶん、夫よりペットの病気の方が必死になってしまいますね。
だから病気になると、一般的な医療も受けたうえですが、ヘンな代替療法にも飛びついてしまって。石やら気やらが効くわけないと、冷静になるとわかるんですよ。でも愛猫が苦しんでいるのを目にすると、トチ狂っちゃうんです」
「ネコにヴィーガン食」など生態とかけ離れた飼育法や、健康被害につながる成分を与えたりすることは言語道断であるが、マッサージやヒーリングといった民間療法をペットに施すこと自体は、大きな問題はないだろう。

しかし美香さんの話から伝わってくる飼い主の切実な思いを知ると、そうした気持ちを利用して根拠の薄い商品を売り込むことについては、やはり疑問がある。
本末転倒にならないために
それが飼い主の気持ちを癒すものであっても、ペットの苦しみになっては本末転倒だろう。
なかには飼い主とペットのQOLが深まるものもありそうだが、本来の目的である「ペットの健康」が二の次になって、悲しい結果にならぬようにと願うばかりである。
<取材・文/山田ノジル>
山田ノジル
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
(エディタ(Editor):dutyadmin)
