日本テレビの映画プロデューサーでありトランスジェンダーである谷生俊美さんが、著書『パパだけど、ママになりました 女性として生きることを決めた「パパ」が、「ママ」として贈る最愛のわが子への手紙』(アスコム)を出版しました。
「女性」として生きる決意や女性パートナーとの出会い、「ママ」として娘を育てる日々など、自身の半生が綴られた一冊です。
今回は、トランスジェンダー女性の「ママ」として、谷生さん自身の子育てや多様性との向き合い方などについて聞きました。
子どもが生まれ、新たな扉を開く
――今回、4歳になる娘さんに向けた本を出版されましたが、お子さんが生まれてから心境の変化はありましたか?
ものすごく変わりました。親友のいるドイツへ旅行に行ったとき、3人を子育て中の親友から「子どもが生まれたら“a whole new world(まったく新しい世界)”だよ」と言われましたが、当時はその言葉の意味がわかりませんでした。でも、いざ娘が生まれると、本当にその通りだったんです。
これまでは、週末にパートナーとレストランに行っておいしいワインを飲んだりして過ごしていましたが、現在の休日の過ごし方は、公園に遊園地、動物園、プールなど、子どもが喜びそうな場所に行くことを選ぶようになりました。
帰省した際は実家に子どもを預けて、パートナーと2人で食事に出かけることもありますが、それも含めて“a whole new world”ですよね。現在は子ども中心の生活なので、これまでと見えている世界は違いますね。
――それはポジティブな意味で変わったということですか?
そうですね。私自身優しくなった気がします。仕事で中東を飛び回っていた頃、飛行機で子どもが泣いているだけでうるさいなと思うこともありましたが、今はまったく思わないですね。
むしろ大変だなと思いますし、あやしてあげたいくらいです。ちょうど昨日パートナーの“かーちゃん”ともそんなことを話していたのですが、子どもができたことで心境の変化はもちろん、世の中の感じ方もこれまでとは違うと思います。
――世の中の感じ方が変わった例として、具体的に何かありますか?
現在ガザで戦争が起きていますが、報道を見る中でパートナーから「昔と感じ方が違うんじゃない?」と言われました。思い返すと、記者時代にはガザ地区はもちろん、その近郊やイスラエル北部でロケット弾が着弾する可能性のある場所やそこで暮らす人を取材したり、銃弾音が聞こえる地域で取材したりしましたが、当時は記者としてそこで今起きている悲しみや苦しみを伝える、という使命感があったので、不思議と怖くなかったんです。
それが、今現地にいたらきっと自分の子どもの顔が思い浮かぶと思います。死んでも仕方ないと思っていましたが、今は同じようには思えないのかなと。
「女性」として生きることを決意してからの生活

――トランスしてからの心境や生活の変化についても教えてください。
男性として過ごしていたときと「女性」として過ごす今は違いますね。具体的にいうと、夜道を歩いていて後ろに男性がいると、怖いと思うことがあったり。
トランス前までは振り返って後ろを確認したり、男性がいるから早足で歩いたりした経験がなかったのですが、トランスして初めて、実は世の中のほとんどの女性が経験していることだと知りました。
――多くの女性が経験することも、男性にとっては当たり前ではないと。
そうですね。例えば、日本には痴漢行為から女性を守るため、女性専用車両がありますよね。このことについて、男性の中には女性ばかりが優遇されているという意見を持つ人も少なくありません。
そうなったとき、男性の怒りの矛先が女性に向かってしまう構造があるんですね。本来、痴漢をする犯罪者にこそ怒りが向くべきなのに。……というように、今までにみえていなかった世界がみえることで、「そういうことだったのか」と思うことが増えました。
トランスジェンダーを取り巻く状況は変わっていく
――職場の仲間など、周りからの接し方の変化はありましたか?
いい意味でも悪い意味でもそれほど変わってないんじゃないですかね。たまに英語での会議があるのですが、私を「She」ではなく「He」と言う人はまだいますし。そう思わせているのは私の原因なのかなと思うこともありますが、嫌な気持ちにはなりますね。She、です、と指摘・修正したりもします。
――今後、世間の持つトランスジェンダーへの認識は今と比べてどう変化すると考えていますか?
全体としては、いい方向に進むのではないでしょうか。そう思いたいです。「こんな姿でニュース番組に出るべきではない」といわれた10年前は、こうして取材を受けることなど考えられませんでした。つまり、この10年には明らかな変化があったということです。
さらに10年前の2004年には、性同一性障害特例法という法律ができました。定められた要件を満たした人は戸籍上の性別記載を変更できるという法律です。このことがきっかけで、徐々に世の中でトランスジェンダーの生き方が多様になり、社会的にも認知や理解のされ方が大きく広がった気がします。
そういう意味では、これから先もトランスジェンダーを取り巻く状況は変わってくるのかなと。
多様性を伝えるために子育てで意識していること

――社会の変化とともに、子どもに多様性をどう伝えるかを考える保護者は多いと思います。4歳になる娘さんの子育てで意識していることはありますか?
本当に難しいですよね。最近娘がプリンセスに興味があり、「ピンク可愛い」「女の子はピンク」とか言うんですよ。娘には男の子がピンクを好きになってもいいし、女の子がブルーを好きになってもいい。自分の好きな色をいいと思っていいと伝えているのですが、世の中のジェンダーバイアスによる影響を完全に拭うのは難しいです。
たとえば、保育園の先生やお友だちがピンクの洋服を着た女の子に「ピンク可愛いね」といえば、それを聞いた子どもはピンクの服を着たくなりますよね。このように世の中の価値観が再生産されていくんだな、というのを目の当たりにしています。
――既存の価値観の再生産に飲み込まれないようにするためには?
本当に自分が好きなものを探してほしいと思います。例えば、アミューズメントパークで目にしたお城に惹かれたとしたら、そのモデルとなったお城に興味を持って、実際に見に行ってほしいなと。
娘はプリンセスに興味がありながらも、一番好きなのは恐竜で、その中でもプテラノドンとブラキオサウルスが一番なんですよ。おそらく映画「ドラえもん のび太の恐竜」をきっかけに恐竜に興味を示し、そこからカナダのドラマ「デイナの恐竜図鑑」に出てくる主人公である恐竜博士の少女を見て、女の子でも恐竜博士になれることを知ったのが大きいんだと思います。
なので、子どもにどういうコンテンツを見せるかはすごく大切だと思いますし、ずっと映像や映画に携わる仕事をしてきたからこそいいコンテンツを見せたいですね。
動画コンテンツや絵本でも伝えられることがある
――YouTubeやTikTok、Netflixなど、さまざまな動画コンテンツがありますが、その中でお子さんに見せるコンテンツをどのように取捨選択していますか?
そうですね。特にYouTubeはAIに好みだと判断された動画が次から次へと再生されますよね。そうすると、最終的には偏りのある動画ばかりになってしまいます。それなら、私は一つの“ホンモノ”の作品を見せたいです。
例えば、アニメ「アルプスの少女ハイジ」を見て、スイスという国の素晴らしさを知り、興味を持ったとします。するとそこではドイツ語とフランス語を話す人がいるということを知れば、そこにある文化、本物に興味を向けられるのかなと。
――子どもに多様性を伝えるための絵本や作品などはありますか?
海外と比べると日本はまだ少ない印象があります。なので、私たちは海外の絵本を選ぶことが多いです。本棚に英語の絵本があることで、さまざまな言語が普通にあるということも教えられると思うので。
英語に対する憧れやコンプレックスを抱く人も多いですが、あくまで私たち人間が話す言語の一つとして、自然な形で英語に接する機会を与えたいと思いますし、ひいてはそんなところからもこの世界の多様性を伝えていきたいです。
多様性と呼ぶと堅苦しく聞こえるかもしれませんが、多種多様な世界、人たちは当たり前に存在します。そういった事実に触れられる環境をなるべく与えたいなと思っています。
自信を持つことは簡単ではないけれど…

――昔よりも「多様性」や「自分らしさ」について語られる時代になりました。自分らしく生きるためのアドバイスがあれば教えてください。
自信を持つことは大切だとよく言われますが、自信を持つことは簡単ではありません。それに自己肯定感も簡単に獲得できるものではありません。それでも、自分を受け入れることはできる気がするんですよね。自分を抱きしめ、大切にすることを少しずつ積み重ねることはできると思うんです。
失敗してもいいから何かアクションを起こし、行動し続けることによって、いつか実績になるかもしれないし、それが自分を受け入れることにつながるかもしれない。そんな成功体験が積み重なれば、絶対的な安心感を得られますし、自己肯定感も高められるのかなと。そうみなさんに伝えたいですね。
<取材・文/Honoka Yamasaki 撮影/鈴木大喜>
Honoka Yamasaki
昼間はライターとしてあらゆる性や嗜好について取材。その傍ら、夜は新宿二丁目で踊るダンサーとして活動。
Instagram :@honoka_yamasaki
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(エディタ(Editor):dutyadmin)
