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女の幸せに“家族”と“子ども”はマストなのか?「家族、幸せ、子ども」と聞いてムズム

時刻(time):2023-11-07 15:37源泉(Origin):δ֪ 著者(author):kangli
MEGUMIが企画・プロデュースのドラマチューズ!『くすぶり女とすん止め女』(テレビ東京)の第4回。くすぶり女・郁子(西田尚美)は、上司である八田(渋谷謙人)の家に子連れで泊まらせてもらっている。子どもたちが八田に懐いているのを見て、心からの笑顔を見せる郁子だが、実の父親に甘えられない子どもたちへのせつなさも抱えているように見える。 すん止め女

MEGUMIが企画・プロデュースのドラマチューズ!『くすぶり女とすん止め女』(テレビ東京)の第4回。くすぶり女・郁子(西田尚美)は、上司である八田(渋谷謙人)の家に子連れで泊まらせてもらっている。子どもたちが八田に懐いているのを見て、心からの笑顔を見せる郁子だが、実の父親に甘えられない子どもたちへのせつなさも抱えているように見える。


すん止め女のほのか(香音)のほうは、なんと大好きだった男が結婚、さらに「かねてからつきあっていた」女性と結婚したこと、しかも彼女は妊娠中というSNSの報告を見て失神しそうになる。







女の幸せに「家族」と「子ども」はマストなのか?


バーのチーママ(MEGUMI)が「家族、幸せ、子ども。そういう言葉を聞いたときの、このムズムズする感じっていったい何なんだろう」とほのかの心中を察して言う。理由は「憧れ、嫉妬、劣等感、場合によっては嫌悪感」と分析する。


確かに「結婚や出産は誰でもするもの」というイメージは昔から根強い。特に女性に対しては、つい数十年までそれが社会の圧力でもあった。だから「結婚しない人、結婚できない人、出産しない人、出産できない人」は劣等感を持たざるを得ない時代もあった。

今はそんな時代ではないはず。もっと自由な選択ができるにもかかわらず、「モヤモヤ」してしまうのは、社会や世間の圧力が払拭しきれていないのと同時に、「ひとりは寂しい。家族を作って生きていくのが人として当然のこと」という本能によるのかもしれない。

ところが、結婚というものは本人の努力だけでうまくいくわけではない。してみなければわからない面もある。郁子だって、夫の武が結婚後にあんなモラハラモンスターに変わっていくとは思わなかっただろう。

年月を経れば人は変わる、環境も変わる。その変化に合わせて、夫婦も変わっていければいいのだが、お互いのコンセンサスはなかなかとれない。コンセンサスどころか日頃のコミュニケーションさえうまくとれない夫婦のほうが多いのではないか。それでも子どもがいれば、習慣として日常生活は回っていく。






郁子を公衆の面前で罵倒するモラハラ夫に、ほのかが痛快な言葉を


娘が学校に行きたくないとぐずったために、ある日、郁子は八田の許可を得て娘を会社に連れていく。周りの社員たちは娘を囲んで楽しそうにしているが、ほのかは「うんざり」といった感じ。それでも郁子や八田に頼まれて、郁子が打ち合わせに出かけているとき娘のめんどうを見る羽目(はめ)になってしまう。

ところが目を離したすきに娘がいなくなっていた。帰社した郁子とともに探すと、娘は社内で父親に会っているという。


ほのかは目の前で、妻を罵倒する武を見てメラメラと怒りの炎を燃やす。

今の学校に好きな男の子がいるから転校したくない、それをおとうさんに伝えようと思ったという郁子の娘に、ほのかは「転校したら、その学校にもっといい男がいるよ」と諭(さと)す。「だってこの男が最高と思って結婚した結果がコレだよ」とほのかは武を示す。この場面は、なかなか痛快だった。

結婚すれば幸せになるというものではない、男に人生を託すのは違うのではないかとほのかが感じた瞬間だろう。仕事はできるのに、プライベートで男に振り回されがちなほのかも今後変わっていくのかもしれない。













恋と愛の違いかもしれない


恋に振り回されたり相手の男の言いなりになったりして、ジェットコースターに乗っているような激しい揺さぶりこそ恋だと思いたくなるときはある。だがじっくり考えてみれば、「情熱的に好き」なことと「ふたりで生きていく」こととの間には大きな違いがあるのだ。恋と愛の違いかもしれない。


「情熱的な恋を求めているだけで、先のことなどまったく考えていない」のなら、恋に身を投じるのも楽しい。恋は不可抗力だから、うっかりそんな恋に巻き込まれたとしてもあとで取り返しはつく。

だが、「生涯をともに歩む相手と愛情を育みたい」なら、情熱に振り回されているだけではだめなのかもしれない。地に足をつけて、しっかり相手を見つめ、とことん話し合わなければ、相性は見定められない。それでもうまくいかないこと、失敗だったと思うことはあるはずだ。

夫の横暴に耐えていた郁子だって、ついに我慢の限界を感じて逃げ出した。結婚するときまさかこんなことになるとは思っていなかっただろう。何があるかわからないのが人生。だが郁子は49歳で社会に出て、自分の個性を活かしながらがんばっている。

実生活では、周りにいい人たちがいるとは限らないし、簡単に職が見つかるわけでもないだろうが、それでも「今いるところから一歩踏み出してみる」と、世界が変わる可能性はある。自分で自分をあきらめなければ、何かが転がり始めるのだ。






幸不幸は常に隣り合わせ。子どもは別人格



郁子の原動力は子どもたちだ。「苦労はあるけど、子どもからもらう幸せは、子どもからしかもらえない幸せでもある」と彼女は言う。もちろん、それは子どもがいなければ不幸だという話ではない。禍福(かふく)はあざなえる縄のごとし、人生ずっとハッピー、ずっとアンハッピーということはない。幸不幸は常に隣り合わせ、ひょっとしたら裏表だったりもする。

たとえ子どもであっても、別人格で別の人生。全寮制の高校から逃げてきた息子が、八田の家で化粧に興味をもち、大きなイヤリングを下げているのを見て、郁子はふと不安げな表情になる。彼女は今後、この息子を全面的に受け入れることができるのだろうか。

<文/亀山早苗>
亀山早苗
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio




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