2023年は、空前のBLドラマ黄金期に突入したようだ。そろそろ深夜枠を越えてゴールデンプライム帯での放送があってもいい頃合いでもある。
そこへ一石を投じようとしているのか、確かな手応えと野心を感じずにはいられない作品がある。草川拓也と西垣匠が主演する『みなと商事コインランドリー』(テレビ東京)である。このBLに多くの視聴者が熱狂している。それはなぜか。
「イケメンとBLドラマ」をこよなく愛するコラムニスト・加賀谷健が、『みなと商事コインランドリー』人気の秘密を読み解く。
想像ふくらむタイトルの魅力
『みなと商事コインランドリー』というタイトルを聞いて、どんな物語を思い浮かべるだろうか。思わず想像をふくらませるタイトル、町角のコインランドリーという舞台設定。それだけで十分面白そうである。
ところが第1話を見た筆者は、いきなりつまずいてしまった。絶対面白いはずと思っていたのに、どうしてだろう。BLドラマ漬けの日々、BL自体に真新しさを感じなくなったからか。
結局続きを見なかったのだが、ある日、行きつけの某バーのBL好きママさんから『みなと商事コインランドリー』にどハマリしていると言われ、考え直した。そのタイトルの魅力も相まって、あれやっぱり自分の調子が悪かっただけかなと思い始めたのだ。
見直してわかるBL作品の魅力

ママさん曰く、このドラマは圧倒的な“ピュア・ラブ”を描いているから素晴らしいのだと力説された。そうか、そうだった。確かにタイトルから最初に感じ取ったのは強烈なまでに透明感あるピュア・ラブだったのだ。
それでもう一度、第1話を見直してみた。すると不思議なことに、一瞬のうちに物語世界に吸い込まれてしまった。そう、『みなと商事コインランドリー』(2022年、以下、『シーズン1』)とは、一度ではその魅力が完全にはわからない、見直してはじめてわかるBL作品なのだ。
ブラック企業を辞めた湊晃(草川拓也)が祖父から引き継いで切り盛りするコインランドリー。そこへある日やってくる17歳の高校生・香月慎太郎(西垣匠)。海辺の町。真夏の汗と美しく湾曲するビーチから吹き込む潮風。魅力的でない要素を見つけるのが逆に難しいくらいだ。
OKとNGの厳格なライン
というわけで、本作を読み解くキーワードは、頭から尻尾までピュア・ラブである。BL的な関係性を結ぶふたりの主人公たちがピュアである状態とは、つまり露骨に性的なものは無に等しいということだ。
手を握るのはOK。でも日常的なキスはNG。という厳格なラインをもうける。ただし目に見える行為はダメでも言葉でなら目をつぶろう。晃が一目惚れする慎太郎は、柔らかい雰囲気にも関わらず意外に肉食系。結構激しい言葉でアピールしてくる。
多感な時期の慎太郎は早いところ言葉を超えて、晃に触れたくてたまらない。未成年には手を出さないという心の制御装置を持つ晃はこらえ、じらす。これはキスまでの道のりがかなり険しそうな……。
BLドラマの新たなスタンダードとして人気を支える秘密

『おっさんずラブ』公式サイトより
それを傍観する視聴者からするだんだんじれったくもなる。ただしそれはとても幸せなじれったさではある。ふたりがキスしないのはいいが、ふたりとも揃いに揃って唇がぷるんと分厚すぎる。
石原さとみ級の唇の誘惑。第2話で晃がもらった帆立を慎太郎と七輪で焼いて食べる場面がある。貝柱とその周囲のエラやヒモがもう唇にしか見えない。唇(妄想)地獄。キスくらいならいいだろうと、ラインを一段階下げたくなる。
『おっさんずラブ』(テレビ朝日、2018年)をエポックメイキングとして、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京、2020年)、『美しい彼』(MBS、2021年)とBL黄金三部作が続くが、さすがにここまで純度を保つ禁欲的な作品ではなかった。
だからこそ、『みなと商事コインランドリー』は、BLドラマの新たなスタンダードとして今後の指標となる。言わば物語の倫理基準自体が本作の人気を支える秘密なのだ。
“恋人以上友達未満”みたいな関係性

BLドラマとはつまり、“不確定”の関係性を描く物語である。単に友達ではないし、単に恋人でもない。友達以上恋人未満としてもうまく説明がつかない。あえて言えば、“恋人以上友達未満”みたいな、よくわからない関係性。
とても曖昧なグレーゾーンを生きつ戻りつする。晃と慎太郎は、晃の提案によって確かに友達スタートだった。それでキスやハグすらままならない遅延の関係性を曖昧に続けた。
2023年9月21日で最終回を迎えた『みなと商事コインランドリー2』(以下、『シーズン2』、「U-NEXT」他で配信中)では、恋人以上の関係性が描かれることになる。同じ屋根の下、晃と慎太郎は一緒に暮らし始める。
晃の祖父母が暮らしていた古民家では、夏の縁側が涼を取る場所となり、ふたりの関係性が絶妙なさじ加減でコントロールされながら表現される。
スルメイカ作品の“夢と愛の物語”
「こうして湊さんと恋人同士でいることが夢なんじゃないかと思うことがあります」
バーベキューをしていると、慎太郎がふとそうもらす。ああ、なるほどそうきたか。友達のようで友達ではなかったふたり。事実上の恋人になったものの、それは“恋人以上の夢”なのだった。
ではその夢の実体とは。晃と慎太郎の関係性は同居してからがほんとうの始まりと言える。出会いから付き合うまでに終始した『シーズン1』に対して、『シーズン2』では、ふたりの日常のやり取りが丁寧に描かれる。
ときにちょっとしたすれ違いによって仲がもつれ、現実的な問題に直面したりもする。この現実を常に支えるのもの、それが慎太郎が抱く夢だ。本作では、彼の夢が現実味を帯びる過程を注視する。夢と現実が実に見事に調合される限り、ふたりの関係性は見飽きるということがない。
ちょうど『シーズン1』を見直したときのように、むしろ噛めば噛むほどに味が出る。本作はそんなスルメイカ作品として、噛んだ分だけ夢がにじみ、ふたりの愛は常に充電される。
『みなと商事コインランドリー』の“夢と愛の物語”はシーズン2放送を終えた今もまだ、どこかの海辺の街で続いているようだ。
<文/加賀谷健>
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