Q. はじめは苦くてまずいと思ったビールの味が好きになるのはなぜ?
ビールは苦みや辛みがあるので、はじめて飲んだ時には多くの人がおいしさを理解できないものです。なぜまずいと感じたものを、おいしいと感じるようになることがあるのか、わかりやすく解説します。
Q. 「はじめてビールを飲んだ時は苦くて全然おいしいと思いませんでした。でも今はビールが大好きです。嫌いだった味が好きになるのはなぜなのでしょうか?」
A. 味の好き嫌いは、脳が体験から学習して判定するからです
はじめてビールを口にしたとき、だいたいの人は「まずい」と感じるでしょう。これはエタノールが「辛い」という感覚を与え、ビールの原料のホップに由来するアルファ―酸という成分が「苦い」という味覚を与えるからです。
ビール党の人に聞くと、「はじめはまずかったが、何度も飲んでいるうちに、たまらなく好きになってしまった」と言います。何を隠そう、筆者もそうです。
少しだけ専門的になりますが、物の好き嫌いを判定する役割を担っているのは、脳の大脳辺縁系にある「扁桃体」という部分です。
扁桃体は、他の脳部位と連携しながら得られるさまざまな情報に基づいて、対象物が有益か不利益かを判別します。たとえば、間脳にある「視床下部」は、体の状態に応じて食欲、睡眠、性欲などの生理的な欲求をコントロールしていますから、夏の暑い日に喉がすごく乾いていれば「水分をとるべき」という情報を扁桃体に伝えます。
また、記憶をつかさどる大脳辺縁系の海馬や大脳新皮質の側頭葉には、過去の思い出が保存されています。扁桃体は、そうした過去の体験から得られた情報も参考にしながら判断することになります。
ビールをはじめて口にするときは、過去の情報がありませんから、本能だけで「まずい」「嫌い」と判定されることでしょう。しかし、ビールに限らずお酒を飲むと、エタノールの作用によって脳内にドーパミンが放出され、楽しくなります。
そうした体験を重ねるうちに、「ビールの味」と「楽しい体験」を関連づけた記憶が作られて、本能的には嫌だった味でも、海馬や側頭葉からの情報が加わっていくのです。これらの経験によって、扁桃体の判断が「ビールの独特の味が好き」に変わっていきます。
ビール好きの人の中には、「A社のビールよりもB社のビールが好き」というこだわり派もいらっしゃるでしょう。微妙な味の好き嫌いも、すべて過去の記憶によって決まります。
小さい頃に食べた物とその時の気持ち、大人になってビールを飲んだときの思い出や、ブランドのイメージに関係した好き嫌いなどが参照されて、扁桃体がB社のビールに軍配を上げているのです。
同じ原理で、好きだったお酒が突然嫌いになるということも起きます。何かお酒にまつわる失敗や、酔っぱらいにからまれて嫌な思いをしたなどの体験を重ねると、お酒=不利益=嫌いとなるわけです。
「味の好き嫌い」や「好みの変化」は、それまでの体験の鏡なのです。
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
執筆者:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者)