幼い頃から名門大学に入学し、卒業後は大企業就職を目指す韓国の子どもたち。しかし、たとえ名門大学を卒業しても、大企業はおろか、就職さえままならないことも。韓国の若者が直面する現実は厳しい。
就職はしたいけれど
主にMZ世代といわれる世代、特にコロナ禍の時期に大学に入学した若者は就職難にあえいでいる。
某有名地方大学の奨学生として入学した24歳になる知り合いの女の子、ダヒ(仮名)は、成績優秀、品行方正。英語ペラペラ、TOEICは満点、その他の科目も優秀だ。彼女は航空関連の会社への入社を目指しているが、幸い採用試験を行っている会社があっても、三次試験(面接)で落ちてしまうとぼやく。
コロナ禍以降、多くの企業がコミュニケーション能力をより重視するようになり、面接試験の比重が高まったという。
はっきり言って彼女はハイスペック。だから筆者は彼女の就職活動の苦労談を聞くたびに、信じられない思いで聞き返す。「ダヒちゃんがダメならどんな子が合格するっていうの……!?」と。すると彼女は「自分くらいのレベルの子なんて腐るほどいるし、もっとデキる子だっていっぱいいる」と言う。
ダヒの母親とも話したことがあるが、やはり「みんなものすごく優秀。それなりの企業を狙っている子ならそれが普通。だからダヒが飛び抜けているわけでもないの」と言う。筆者は溜息しか出なかった。
彼女は大学卒業後も学生時代にしていた結婚式場とコンビニのアルバイトをかけ持ちしながら就職活動を続けていたが、2022年末ソウルの某超有名ホテルでインターンとして働き始めた。しかし期待する条件とは合わず半年ほどで退職。その後まもなく輸入自動車を扱う会社に就職した。
アルバイトを続けるよりは待遇が良く、前職よりも給与が高いから。
でも、彼女は今でも航空会社への再就職の機会を狙っているという。もう少しだけ頑張ってみたい、と。そして彼女は自分の状況のことをこう言う。「自分なんていい方。全く就職できずにアルバイトを続けている友達もたくさんいる」から、と。
新規採用が少ないという現実、そして企業規模間の格差
多くの学生が大企業への就職を希望する。でも現実はそうはいかない。2020年代の今は、いわゆる名門大学卒、取得資格多数、学業成績及び学外活動(ボランティア等)優秀、留学経験有り、といったハイスペック学生でも、大企業への入社は狭き門だ。それどころか、中小企業も含め、何十社も不採用となることだって珍しくない。
特に大企業は新規採用はせず、経験者優遇の随時採用が多い傾向にある。いわゆる大企業就職を目指して、多くの資格を取得し、さまざまな能力を身につけてきたのに、希望する会社はキャリアまで求めてくるのだから、新卒学生たちはそもそもスタートラインにすら立てないことだってあるのだ。
韓国経営者総協会が実施した「新規採用実態調査」を基に発表されたある記事によれば、韓国の10大大企業のうち、2023年新規募集があるのは3社のみだという。筆者が彼らの世代なら、もう「なんなんだよ、この世の中!」と愚痴ることは間違いない。実際に韓国の若者の多くがこの状況にじれったい思いでいるわけで。本当に厳しい現実だ。
公企業も政府の財政緊縮調整により、採用を大幅に減らす傾向にある。人気のスタートアップもコロナ禍で資本難に陥っている会社が少なくない。だからそもそも採用は減りがちだ。そんな状況下でも、より条件の良い企業、大企業就職希望の傾向は変わらないのだから、競争はますます激しくなるばかりだ。
でも、彼らのその気持ちはよく分かる。何といっても大企業と中小企業では、給与格差が明白なのだから。大企業の平均所得は563万ウォン、中小企業は266万ウォン。20代だけで比較すれば、大企業勤めの20代は321万ウォン、中小企業勤めは201万ウォン。歴然とした差がある。
さらに、大企業の20代と中小企業の50代を比較してみると、前者は321万ウォン、後者は291万ウォン。つまり、中小企業にいる50代より、大企業にいる20代の方が高所得というわけだ(※1)。中小企業に就職した若者が大企業への転職を希望し続けるというのも頷ける。
それぞれの立場による理想と現実
難関を突破して大企業に入社したら安泰……のはずが、そうでないケースもある。大企業のブランド名を優先して就職を目指した結果、自分の本来の専攻とは無関係の職務に就く人が過半数を占めるという。
有名大企業が人材難に陥っているというニュースを耳にすることがあるが、企業側は専門的能力のある人材が不足していると感じているようだ。 入社早々、業務に興味を感じられなくなってしまう若者が少なくないというから、こうした会社とのミスマッチは残念な事例だ。
統計庁の「経済活動人口調査(2022)」(※2)によると、10人中3人が約1年半で最初の勤務先を退職するようだ。職務に対する理想と現実の狭間で悩んだり、個人より組織優先の企業の体制になじめなかったり。
会社に縛られず、余暇時間も大切だと考えるMZ世代を中心とする若者は、給与だけでなく、職場環境や労働時間などの条件もシビアな判断を下すようだ。
某有名病院で経理を担当する筆者の友人のチェさんは、若い職員たちはまだ仕事が残っていても、定時になればすぐに退勤してしまうとぼやいた。
また飲食店を経営しているイさんは、若い部下を教育するのは神経が磨り減る作業だという。少し厳しく指導するとすぐに雇用労働部などに届け出ようとすると苦笑した。特にMZ世代は自分たちの世代とは違う、職場でのジェネレーションギャップは大きい、と。
ゴールデンチケットシンドローム
韓国の若者が幼い頃から最終的な成功を求め、いかに努力をしているかを考えるとなんとも切ない。ゴールデンチケットシンドロームという言葉があるが、これは全てを叶える黄金のチケットを手に入れようとする現象のことで、韓国社会では名門大学への進学、大企業等に就職することがそれだ。
この黄金のチケットを手に入れるため、小学生、いや、もう幼稚園から数々のスキルを身につけるため、少なくない努力をしてきているのだ。
この黄金のチケットを追い求めるあまり、雇用率の低下、ひいては婚姻率、出産率の低下にまでつながっているとOECD(経済協力開発機構)が韓国経済報告書の中で指摘(※3)しているが、なんとも的をついているじゃないか、と唸ってしまう。
頑張ったのに就職がうまくいかない、となったとき、彼らの落胆がいかに大きいかは想像にあまりある。
増えるニート族
ニートという言葉は、若干定義に違いはあるが、ほとんど日本と同じ意味で韓国でも使われている。韓国でいわゆるニート族と呼ばれる20~30代を中心とする層は、2023年5月の時点で60万8000人。2022年同時期の調査結果より2万6000人増加している。この数字は、年齢的に再就職ができずにいる40~50代の56万9000人を超える(※4)。
彼らは就業年齢に達してすぐにニート族になるわけではなく、最初は就業の意思があった者が多いという。若者の挑戦意欲を奪ってしまう要因として、就職難、大企業と中小企業間で広がる格差などいろいろ挙げられるが、それにしてもニート族が60万人越えとはなんとも深刻だ。
独立できない若者
ニート族も問題ではあるが、では就業意欲はあるが、就職できずにいる若者はどうするのか。
学生時代のアルバイトをそのまま続けたり、あるいは公務員試験の準備のための予備校に通ったり、資格取得に励んだり、次のステップのために努力をする。しかし、それではなかなか経済的に独立できない。
結果、実家暮らしになることも珍しくない。あえて独立を諦め、親との同居を選択する若者を指すカンガルー族、ブーメランキッズという言葉もあるぐらいだ。
韓国保険社会研究院及び韓国統計振興院による青年生活実態調査(※5)によると、19~34歳の57.5%が両親と同居しており、そのうち67.7%は具体的な独立の予定がない。独立を計画できない最も大きな理由として、56.6%が「経済的な条件を備えていないから」と答えている。
しかし、カンガルー族を続けられるのは、中・高所得層の家庭の子どもだけともいわれている。収入がない子どもを養っていくには、親だってお金があってこそ、というわけだ。
と、ここで、経済力が十分にある家庭、資産家などの子女を指す「金の匙」という言葉が浮かんだ。そして「金の匙」ほどでなくとも、それなりに裕福な家庭の子どもたちはやはり救われる道があるのか、と、そうではない若者を思いながらやるせない気持ちになった。なんともはや、この負のループに絡めとられた就職事情……。
最近はコンビニで、本屋で、時には予備校の前で、アルバイトや勉学に励む若者を見ると、ついついこの子にはどんなストーリーがあるのだろう……と考えてしまう。そして彼らに明るい未来が訪れることを願うのだ。
参考
※1:統計庁「2021年賃金労働雇用所得結果」2023年配布資料
※2:統計庁「経済活動人口調査(2022)」
※3:OECD「Korea: Stunning success and work in progress」
※4:統計庁「年齢/活動状態別非経済活動人口調査」
本調査では、ニート族の条件の中でも、4週間求職活動等をしておらず、「休んでいる状態」と回答した若者を「求職断念青年」として調査を行っている。
※5:「青年生き方実態調査」報道資料より
韓国政府が国務校正室、韓国保険社会研究院及び韓国統計振興院に依頼して実施した調査
翻訳家・カルチャーライター。在韓16年目、現地のリアルな情報をもとに韓国文化や観光に関する取材・執筆、コンテンツ監修など幅広くこなす。著書に 『ソウルまるごとお土産ガイド(産業編集センター)』などがある。All About 韓国ガイド。
執筆者:松田 カノン(翻訳家・韓国専門カルチャーライター)