海外生活をする人が、数年ぶりに日本に帰国すると浦島太郎状態に陥ってしまう。日本の社会システムや環境に違和感を覚えるだけでなく、故郷から離れている間に変化した日本事情や新しいスタンダードについていけず、自分の国に帰ることで“逆カルチャーショック”を受けるのだ。
リエントリーショックとも言われるこの現象、コロナ禍を経て久々に日本に一時帰国した諸外国在住の友人たちと話していていると、程度の差こそあれ、皆それぞれ日本の「今」に「ついていけなかった」とか「驚かされた」と言う。特にエンタメや流行りもの系からはどうも置き去りにされがちのようだ。
ただ、話していて思ったのだが、意識して日本事情にアンテナを張っていなくても、比較的浦島太郎状態が軽症で済む海外滞在先の一つが「韓国」ではないだろうか。
インフラやさまざまな制度、暮らしの在り方など、日本とよく似た点が多く、文化交流的な側面でも親密な間柄にある。そのあたりの事情を掘り下げるならば、日韓の歴史的、政治的な問題に言及することは避けられないし、韓国の人々が抱く日本に対する複雑な想いや葛藤についても忘れてはいけないのだが……。
そのことをふまえた上で、本稿では、身近に常に日本文化がある韓国の様子に限定してお話ししてみようと思う。
日本の大衆文化の流入は規制されていたが……
韓国は1990年代末まで日本の大衆文化の流入を法律によって規制していたが、実際にはさまざまなルートで日本文化は韓国内にも広まっており、その当時にもいろいろな歌謡曲やアニメ、娯楽、ファッション雑誌など、韓国内で接することも不可能ではなかった。
80~90年代に小学生~大学生であった世代の方たちと話していても、「子どものころX JAPANのファンだった」「女性誌『non-no(ノンノ)』を愛読していた」などという人にしばしば出会う。
1998年「日韓共同宣言」後の韓国における日本大衆文化の段階的開放以降は、 映画『Love Letter』が大ヒットするなど、それまで日本の大衆文化に関心がなかった層にもさまざまな日本のコンテンツが知られるようになった。
だから幅広い年齢層の韓国の人たちと、私たちが子どものときに観たアニメや流行った音楽などについて、ちょっとした思い出話に花を咲かせることもできる。2023年現在はなおさら。日本の流行はすぐに韓国に上陸し消費される。
いつも身近に日本のあれこれ

日用品、雑貨、食品も、日本でおなじみのアイテムは韓国でも生活圏内で手に入る。文具店に行けばサンリオのキャラクターグッズが必ず売られており、日本の有名ブランドの筆記具などは普通に手に入る。
コンビニなどのスナックコーナーには、日本で人気のアニメキャラがパッケージになった菓子がある。塩パンも韓国ではもはや定番商品。塩パンを置いていないパン屋はないと言っても過言ではない。
少し前、アサヒビールの「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」が韓国でも発売され、あっという間に売り切れて購入したくてもできない人が続出して巷で話題になった。お酒関連でいえば、今韓国は「ハイボール」ブームだ。ちょっとオシャレな居酒屋に行けば、今どきハイボールがない店はない 。
特にサントリーの「角瓶」の人気は相当なもので、あちこちの居酒屋で角ハイボールの宣伝用ポスターが飾られている。
筆者は、実は日本では飲んだことがなかったが、最近は韓国の友人らに「飲みに行こう」ではなく、「ハイボールを飲みに行こう」と誘われる。そのおかげで「これがあの有名な角ハイボールか」とその味を知ることとなった。
見たい作品は手の届くところに
こんな具合に、日本で人気のモノやコトは韓国でも話題になることが多い。映画『すずめの戸締まり』や『THE FIRST SLAM DUNK』が韓国でも大ヒットしたのはすでによく知られていることだが、現在は坂口健太郎と小松菜奈主演の『余命10年』が注目されている。
韓国ボックスオフィスで14位、累計観客動員数は13万人(2023年6月28日時点)を記録。ソウルで2日間にわたって行われた計19回分の舞台挨拶チケットは30分もたたないうちに全て完売したとか。韓国では日本映画も日本の俳優もよく知られているのだ。
劇場公開される映画は、日本公開日より少々遅くなるのは致し方ないが、ドラマともなれば、インターネットの映像コンテンツ配信アプリなどで、日本での放送日からさほど間を置かずに字幕付きで公開されるし、本屋に行けば日本で人気の書籍はすぐに翻訳されて書店の目立つ場所に並ぶ。
身の回りにあらゆる“日本の何か”があふれており、日本事情、特に大衆文化にはアンテナを張っていなくても、 韓国で暮らしながら自然とそれらに触れる機会が多い。こういった環境は、在韓日本人にとってはありがたい。
アニメ系はほぼ網羅
筆者が韓国でカラオケに行ったときのこと。隣の部屋の女子中学生の団体は日本のボカロ曲を歌っているではないか。それも日本語で。
話を聞くと、アニメやゲームが好きな人ならみんな知っている、とのこと。『プロジェクトセカイ』が好きという少女はバッグからいろいろとグッズを取り出し見せてくれた。そして続々と出てくる日本のアニメやゲームのタイトル。彼らは日本のサブカル的コンテンツの数々にも詳しかった。
若者が集まる街、弘大(ホンデ)にある某ショッピングビルに行ったときのこと。某階にはアニメイトがあった。イベントでもあるのだろうか。店の前に長蛇の列ができていた。その隣にはコラボカフェがあり、その日は日本のあるBL漫画ファンが集っていた。
フロアの壁に貼られたいろいろな漫画のポスターを見ていると、その分野には疎い筆者でも聞いたことのある作品名のものがいくつか並んでいる。日本のポータルサイトで検索してみると、まさに今リアルタイムで日本でも人気のある作品だった。
中でも今、アニメ『【推しの子】』人気がすごい。韓国人の友人が話してくれたエピソードだが、彼の職場の50代も後半になる上司から、ある日突然カカオトーク(韓国を代表するSNS)が送られてきたそうだ。
YOASOBIが歌う『【推しの子】』の主題歌『アイドル』が添付されており、歌詞の内容を詳しく知りたいと。もしかして知ってるかい? という内容だったとか。『【推しの子】』は隣国のおじさん世代にも知られているのである。TikTokでは、この曲の振り付けで踊る「【推しの子】チャレンジ」も流行中だ。
ちなみに筆者は韓国大手オンライン書店の人気ランキングにそのタイトルがランクインするようになって初めてその存在を知ったのだが、 10~50代まで年齢別の各売り上げランキング、いずれの世代にも『【推しの子】』のコミックスがトップ10内にランクインしていた週があり驚いたことを覚えている。
ちなみに『可愛くてごめん (feat. かぴ)』も2022年に韓国で大流行りしたことで知った。特に日本のコンテンツが好きというわけではない、ある知り合いの女子高生に知っているか尋ねたところ、すぐに振り付けと共に歌ってくれた。
「へえ、やっぱり知っているんだねえ」と感心する筆者に彼女が放った一言は「日本人なのに知らなかったの?」であった。とほほ、である。
とにかく韓国では日本文化が手の届く所にあふれているということをお伝えしたわけだが、こういう環境だからこそ韓国在住の筆者、たまに日本に一時帰国しても、ショックのあまりうっかり玉手箱を開けてしまうほどの浦島太郎状態にはならず、日本不在のブランクをなんとかやり過ごせている。
しかし、この環境に甘んじることなく、これからはもう少し日本の流行にもアンテナを張り巡らせなければ……と思う今日この頃。「知らなかったの?」と言われないためにも……。
※参考:韓国ボックスオフィス 6月28日
翻訳家・カルチャーライター。在韓16年目、現地のリアルな情報をもとに韓国文化や観光に関する取材・執筆、コンテンツ監修など幅広くこなす。著書に 『ソウルまるごとお土産ガイド(産業編集センター)』などがある。All About 韓国ガイド。
執筆者:松田 カノン(翻訳家・韓国専門カルチャーライター)